古文書解読検定

ひらがなの誕生

 平安時代のはじめは、文学史の上で国風暗黒時代といわれています。日本最初の勅撰の漢詩集『凌雲集』、続いて『文華秀麗集』『経国集』が、嵯峨天皇の時代に編まれますが、ここには和風化した漢文が見られるものの、当時は、まだ文章経国主義の時代であり、朝廷が扱う公文書も、すべて漢字が用いられ、漢文尊重、かな蔑視の風がありました。
 しかし、『万葉集』の成立以来、和歌も流行し、はじめはすべて漢字(万葉仮名)で表記していましたが、それだと日本語の繊細な心の表現も味気ないものになってしまいます。
 もともと漢字は、表意文字であり、日本語の文章を表記するのに適していなかったのです。やがて万葉仮名は、楷書から行書、さらに草書と字体がくずされ、草仮名が生まれることにより、字母の漢字とまったく違う形をしたひらがなが誕生していきます。
『読めれば楽しい!古文書入門』(潮新書より転載)